クスコ地域を代表するハイグレード・トレッキングルート。
インカの聖山「アウサンガテ峰」山麓をめぐるトレッキング。途中5000mを超える過酷なトレッキングの様子をレポートします。
トレッキング 1日目
- 8月18日 曇り
- [登山口までバスで移動]
インカの聖山のひとつ、Nevado Ausangate(アウサンガテ峰)をめぐるトレッキングに出発する。アウサンガテ峰(6,384m)に登頂するわけではない。その巨大な姿を目前にのぞみながら、周辺の湖などを歩く7日間のツアーである。
今朝のクスコの空は曇っている。
今回の旅で、最初に足を踏み入れたボリビアの空は雲ひとつない真っ青なものだった。
その青い空に、どこまでも広いアルティプラーノの大地と、雪をかぶったイリマニ山などがよく映えていた。
ラ・パスからアンデスを北上してクスコに近づくにつれ、だんだんと朝は曇り空の日が多くなった。
今は乾期というのに、雪が降ったりする。異常気象なのかもしれない。
朝8時のピックアップの前、7時過ぎにオスタル(安ホテル)をチェックアウトし、アルマス広場に面したカフェでカフェ・コン・レチェを飲みながら、こんなことを考えていた。

ピックアップに来たバスには、既に他の3人の参加者たちが乗っていた。
イギリス人紳士フィリップに、ケイト、スールの2人組だった。皆、いかにもイギリス人という風のダイアナ妃のような青い目に、ケイトはきれいな金髪だった。
フィリップはアウサンガテの直前にインカトレイルを歩いており、ケイトとスールはアウサンガテの後でインカトレイルに行くという。皆健脚だ。ケイトはキリマンジャロにも登ったことがあるという。
クスコを出発してウルコス村まで約40分。何日か前に、プーノからバスでクスコに来たときと同じ舗装された道を走った。
ウルコス村の少し先で左に曲がると、プエルトマルドナードに続く舗装されていない道になった。
ペルーの山間部では、舗装されていない道というのはあたりまえなのだろう。
プエルトマルドナードへ、乾期なら2?3日、雨期では1週間以上かかるというダートな道を進んでいった。
所々に集落があった。子供たちやイヌが走り寄ってくる。
バスはどんどん山をのぼっていき、だんだんと赤茶けたアンデスの山々の頂は目線になり、その向こうに雪をかぶった山々が見え隠れする。
今日の移動の最高地点、4,100mの峠でバスから降りて休憩した。
その近くでは、変わった形のカラフルな刺繍がある帽子をかぶり、民族衣装をまとった女性たちが何か作業をしていた。
遠くには、これから向かおうとしているビルカノータ山脈の連なりが見えた。
ランチは、山を下って小さな沢を渡り、そのそばの芝生でいただいた。
チキンと野菜のマリネのようなもので、おいしかった。
近くに集落があり、イヌと子供が残り物をねだりにきた。
バスは羊飼いや羊の群が見えるアルティプラーノの真ん中を進む。
途中、大粒のあられが降ってきて、あたり一面真っ白になってしまった。
キャンプサイトは、オコンガテ村を通り過ぎ、ティンキ村の少し先の川沿いだった。標高3,800m。
テントは、インカトレイルのものとは違い、風を全く通さず、中は暖かかった。
アルトロと同じテントにしてもらった。
テントに入ってしばらく、激しい雷とともに大粒の雨が降っていた。
[ティンキ村でキャンプ:標高3,800m]
トレッキング 2日目
- 8月19日 曇り
- [トレッキング開始。歩行14km。]
朝4時半頃、目覚めた。
6時半頃、あたりが薄明るくなってきたので起きあがった。
レンタルしたシュラフは巨大な冬山用のもので質がよく、テントも質がよく、昨夜はブランケットなしでも暖かくよく眠れた。
朝食後、8時に出発。
インカトレイルとは違い、地面は土なので柔らかく、脚への負担も少なく歩きやすい。
最初はアルパカが放牧されている広大な牧草地の真ん中についている道を歩いてゆく。
子供たちが、走り寄ってきてアメをねだる。
今日は日曜日。ティンキ村ではマーケットが開かれるらしく、それに出かける民族衣装をまとった女性たち、カラフルなポンポンのついた毛糸の帽子をかぶり馬にまたがった男性たちとすれ違う。
道はなだらかなのぼりで、既に高地順化されている私は、いつも東京近郊の山に行くときと変わらないペースで、息が切れることなく歩けた。
昨夜のキャンプサイトは標高3,800m。今日は、このなだらかなのぼりを約14km歩いて、標高4,700mのキャンプサイトに向かう。
遠くには雪をかぶった山々が見えている。けれど、アウサンガテ峰はまだ見えない。
すれ違ったハイカーたちが、雪がすごかったと言っていた。
11時半頃、パクチャンタ村に着いた。
村といっても、「Hostal」と書かれた怪しい建物に民家が数えるほど、そして温泉があるだけの村だった。
ここでランチをいただいた。
そして、温泉に脚だけ、30分ほどつけていた。
マチュピチュのふもとにあるアグアス・カリエンテスの温泉より温かく、水は乳白緑色ににごっていて、硫黄っぽいにおいがした。
脚をつけているだけでも、じゅうぶん疲れがとれた。
ここから先は、石がごろごろと転がっている谷をわたる。
昨夜降った雪が溶けて、道はぬかるんでいた。
時折小さな小川を飛び渡りながら谷をのぼっていくと、だんだんあたりは一面真っ白の雪景色となってきた。
昨夜降り積もったものだろう。
アルトロは、ふだんはこんなに雪はないと言っていた。
わずか1cmほどの積雪なのに、滑りやすくて気をつかう。
所々に羊飼いの家があった。
そこにはsheep dogがいて、私たちが近づくとものすごい勢いでほえておっかけてくる。
走らないかぎりかみつかれることはないそうだが、それでもすぐ近くでキバをむき出してこちらに向かってほえる姿は怖い。
アウサンガテ峰は、いつも「あの山の向こう」だった。
キャンプサイトに着いたら見えるという。
キャンプサイトまでは、あの丘を越えてあと20分というところになった。
既に、周囲には10cmほどの積雪。雪に足をとられて歩きにくい。
キャンプサイトが、一面真っ白な雪景色の向こうに見えてきた。
アウサンガテ峰は、今にも泣き出しそうなどす黒い雲の向こうに隠れていた。
私のテントは、他の3人たちのテントとは少し離れて、坂をのぼった上にポツンと建てられていた。
Oh my god!と思いながら坂をのぼってテントに近づくと、美しい湖が見えた。コメルコチャ湖だった。
アルトロの気遣いでここにしてくれたのだろう。
テントに入って、湖を眺めていた。
しばらくすると、雪が激しく降りはじめた。早いうちにキャンプサイトに着いていてよかった。
でも、明日はもっと雪が積もって歩くのが大変に違いない。
[コメルコチャ湖でキャンプ:標高4,600m]
トレッキング 3日目
- 8月20日 雪、曇り
- [カンパ峠を越えて、ひたすら歩く。歩行15km。]
昨夜は一晩中激しい雪が降っていた。
あたりが薄明るくなりはじめた6時前、目覚めてテントをあけると、あたり一面真っ白の雪景色だった。
まだしとしとと降り続いていた。
ここは標高4,600m。とてつもなく寒かった。
キャンプサイトの周りだけでも、10cm以上の雪が積もっている。
今日越える予定の標高5,100mにあるカンパ峠は、もっと雪が深いに違いない。
そしてアルトロは、今日は一日no sunshineだと言っていた。
私は、これほどまでの雪が積もることを想像していなかった。スパッツを持ってきていなかった。
アルトロでさえ、去年、一昨年とここを歩いているが、こんなのははじめてだと言っているくらいなのだから。
防寒用と思って持ってきていたスキーウェアの上下、手袋を着込んで出発した。
スキーウェアは強風もブロックしてくれる、なかなかすぐれものだった。
時折ひざまで埋まりながら坂をのぼっていくと、小さな湖がいくつか見えてきた。昨夜のキャンプサイトの脇にも湖があったが、全てコメルコチャ湖という名らしい。
「コメルコチャ」はケチュア語で「green lake」という。その名のとおり、いちばん大きな湖は緑色の水をたたえ、氷河を頂いたあたりの山々や、昨夜の雪で一面真っ白になった周囲の景色によく映えて美しかった。 一行は、広大な谷をすすんでいった。
雪のせいで歩きにくく、陽が射して雪が溶けたところはぬかるんでさらに歩きにくい。
それでも、周囲の山々が頂く蒼い氷河の万年雪はとても美しく、そして一面の白銀の世界、時折見えるアルパカの群れに、あぁ今私はアンデスの真ん中にいるんだと、実感させられた。
朝7時40分に出発して、途中長い休憩をとることなく歩き続け、12時頃、ようやくカンパ峠(5,100m)に到着した。
峠の手前では、強風が吹きすさいでいる。うっかりすると飛ばされ、谷底へ落ちないとも限らないくらい。
峠には、あちこちに石が積み上げてあった。
インカトレイルのように、のぼって峠を越えるとくだるというものではなく、峠の向こうも、山の中腹をエスケープするようにだらだらとした道が続いていた。
ここから、ランチが用意されているカンパコミュニティまで歩いて約2時間半だった。
朝7時に朝食をいただき、7時40分に出発してから14時半まで雪道を歩きどおし。とてもお腹がすいていた。
近くの民家から、いつものように住人が近寄ってきて座っていた。
このカンパコミュニティの目印となる女性の帽子は中国風のものだそうだが、この女性はそれをかぶっていなかった。
なぜかと聞いたら、若い女性はそれがあまり好きでないからとのこと。
ここから、今日のキャンプサイトとなるキリタまで約2時間。再び広大な谷を進む。
途中、アルパカや羊の群れがいた。羊の赤ちゃんが1匹、群れからはぐれたらしく、鳴いていた。
このあたりにはアルパカや羊を殺して食べるキツネがでるそうで、この羊の赤ちゃんが心配だったが、無事にお母さん羊と出会えていた。
アウサンガテ峰は、今日も、この山の向こう、あるいはあの雲の向こうだった。
常にその姿を隠していた。
キャンプサイトが近づいてきた。
アウサンガテ峰の頂上は雲に隠れていたが、その雄姿を見せはじめていた。
心配した天気も回復してきた。
夕方、キャンプサイトから夕陽に照らされオレンジ色に輝くアウサンガテ峰が見えた。
夜、夜空には満天の星空が広がっていた。
南半球は本当に美しい・・・。
[キリタ牧場でキャンプ:標高4,700m]
トレッキング 4日目
- 8月21日 曇り のち晴れ
- [コンドル峠を越えて、シビナコチャへ。歩行12km。]
昨夜も雪が降っていた。
朝目覚めてテントを開けると、空は曇り、雪がうっすらと降り積もっていた。
今日は5,500mのコンドル峠を越える。
大雪はまだ残っているのだろうけれど、さらに降り続かないことを祈った。
朝食後、8時に出発した。
ダイニングテントには、いつものように付近の民家の子供たちがイヌを連れて何か食べ物をねだりに来ていた。
私たちは、アルパカの群れが放牧されている谷を進んでいく。
今日の最高所となるコンドル峠は、上のほうに見えていた。
昨日までとは違い、今日はもっと急なのぼりをジグザグにのぼっていった。きつかった。
雪で足をとられる。モモ上げしながら進まなければならなかった。
他のツアーグループと一緒になった。
コンドル峠が目前になった。荷物を積んだ馬たちは、既に峠に着いていた。
私たち一行も、雪の斜面をショートカットして峠をめざした。
振り返ると、氷河を頂く山々やこれまで歩いてきた広大な谷。壮大なスペクタクルが広がっていた。
峠の雪は深かった。
峠のすぐ脇に、小さなピークがあった。そこへのぼった。標高5,550m。
はるか遠くに、今日のキャンプサイトとなるシビナコチャ湖が見えた。
峠を越えてしばらくくだったところで、ランチが用意されていた。
ここから、広大な谷が見下ろせる。この谷では野生のビクニャを見ることができた。
今回の私たちのツアーは、ものすごい雪の中でのツアーとなった。
標高5,000mの日射しと、雪からの照り返しは強烈である。
ツアー会社から、ツアー中のクオリティを確認するために随行していたハビエルは、サングラスを持ってくるのを忘れていた
。
サングラスのないまま1日歩いた彼の目は雪にやられてしまい、目をあけられない状態になってしまった。
緊急用の馬に乗って、目を冷やしながら進むハビエルの姿は痛々しい。
それほどに、高地の日射しは強烈なことを実感した。
[シビナコチャ湖でキャンプ:標高4,900m]
トレッキング 5日目
- 8月22日 晴れ
- [カスカラコチャ湖をめざす。歩行16km。]
今日は、トレッキングツアーはじまって以来、はじめて晴れた。
昨日までは寒くて手放せなかったスキージャケットも、今日はリュックの中にしまって歩けそう。
今日は、シビナコチャ湖沿いに約16km歩く。
昨日のような大きな峠もなく、気持ちよく歩けそうだった。
シビナコチャ湖は、標高4,900mにある。
チチカカ湖は3,800mだったから、それより1,000mも高い。
船などはない。どこまでも蒼く、ひたすら静かな、美しい湖だった。
シビナコチャ湖の脇に、明日元気があれば登れるというヤヤマリ峰(5,500m)があった。
一行は、ヤヤマリ峰をまくようにルートを左に折れ、アルパカの群れの横を通り過ぎながら丘をのぼっていった。
ヤヤマリ峰の向こう側に、今日と明日のキャンプサイトとなるカスカラコチャ湖があった。
[カスカラコチャ湖でキャンプ:標高4,900m]
トレッキング 6日目
- 8月23日 晴れ
- [ヤヤマリ峰に登る。]
朝から快晴。
今日はday off。余力がある場合は、シビナコチャ湖畔のヤヤマリ峰(5,500m)に登れる。
今回のツアーで、登ることを希望したのは私だけだった。
8時過ぎに出発した。
アンデスの丸みのある丘をのぼったりくだったりしながら、ヤヤマリ峰に近づく。
「丘をくだらないで、このまま頂上までひたすらのぼりつづけたいわ」という私に、アルトロは「これがアンデスだよ」と言った。
ヤヤマリ峰は、見上げるとかなりの急峻な山だった。
向かって右側は岩がゴロゴロ、左側は砂だった。
アルトロは、のぼるときは岩、くだりは砂を駆けおりると言った。えっ?と思っていた。
さて、私たちは、巨大な岩を抱くように登りはじめた。
土などは見えない。ただ、巨大な岩が組み合わさってひとつの山を形成しているといった方がよいほどだった。
時々岩がうごく。
岩陰には、チンチラの姿がみえた。
フーフー言いながら2/3ほど登ると、斜面は砂礫となり、岩や小石が滑りうごいて登りにくくなった。
見下ろすと、えっ、こんなところ登ってきたの?という程の斜面。くだりのことを考えると怖くなった。
私たちの後から、コックと馬方さん2人が追ってきて、追い越していった。
なんてスピードで登るんだろう。
頂上には、数日前の大雪が残っていた。
そして、頂上からの眺めは、まっ蒼で美しい巨大なシビナコチャ湖、氷河を頂く山々の360°のパノラマだった。
くだりは、富士山の須走りさながらに駆けおりた。
怖くはなかったが、息がきれた。
そう、ここは標高5,000mだった。
もうすっかり、アンデス高地の空気にとけ込んでいる自分がいた。
[カスカラコチャ湖でキャンプ:標高4,900m]
トレッキング 7日目: (ツアー最終日)
- 8月24日 晴れ
- [フィナヤ村まで歩き、バスでクスコへ。歩行6km。]
今日は、7日間トレッキングツアーの最終日。長いようで短かった。
朝6時、いつもより少し早いお茶で目覚め、朝食をいただいた。
最後の朝食はフレンチトースト。
そして、その後7日間お世話になったコック、アシスタントコック、馬方さんたちにチップを渡すセレモニー。
チップの額のめやすは、ケイトたちが持っている予定表には書かれていた。ケイトはしっかり者で、それをもとに一人分の金額を計算していた。それらを封筒にまとめた。
8時頃、出発した。
今日は標高4,700mにあるフィナヤ村まで約6kmの道のりを歩き、迎えのバスでクスコに戻る。
昨夜のキャンプサイトはカスカラコチャ湖の近くだった。
歩きはじめるとすぐ、カスカラコチャ湖畔の道となった。
静かな、蒼い湖。風もなく、鏡のような湖面に氷河の山々が逆さに映っていた。時折、水鳥たちが飛んできて浮かんでいた。
フィナヤ村まで、くだるわけでものぼるわけでもなく、ただひたすらに広大な牧草地を歩いていった。
広大といっても、アンデス高地特有の丸みを帯びた大地の連続で、ゆるやかなのぼりくだりを繰り返す。
数日前に悩まされた雪はもうない。空も真っ青の快晴で、気持ちいい。
でも、歩きはじめて6日目となる今日は、脚に疲労がたまり、とても長く感じた。
所々に人の住む気配がある小屋が建っており、アルパカが放牧されていた。
アルパカの群れは既に見慣れているのだが、こんな場所にも人は住めるんだと、驚いてしまう。
はるか先に見えていた山の裾を右に折れ、小さな小川を渡ってしばらくしたら、はるか先に村が見えてきた。
フィナヤ村だった。
双眼鏡でのぞくと、私たちを待つバスが見えた。
フィナヤ村に着いたのは11時頃。
ここからバスで、クスコに着くのは夕方6時頃という。
シクアニ村までは舗装されていない道が続いた。
道路のど真ん中に転がる巨大な岩や、時折ほえながらバスの脇を併走するイヌたちをよけながら、ゆっくりと進んだ。
途中、シビナコチャ湖が見えた。あの向こう側を、2日前、歩いてきたんだ。美しい湖だった。
途中ランチをいただき、シクアニ村に着いたのは4時頃。
地道に揺られるのは私たちも疲れるが、運転手ももっと疲れるだろう。
ここから先、クスコまでは舗装された道となる。
私はプーノからクスコまでバスで来たので、道を覚えていた。
クスコへ向かい、はやる気持ちを抑えながら眺めた景色を、もういちど眺めていた。
7日前、ツアーがはじまったウルコス村に着いた。5時過ぎだった。
ここで馬方さん3人が降りた。
だんだん、あたりが薄暗くなってきた。
遠くの山々の斜面に広がる民家のあかりが灯りはじめ、道の幅は広くなり、人々で街はにぎやかになってきた。
通りは車であふれ、渋滞している。
Av. SolにあるSun Agustin Plazaホテルでケイト、スール、フィリップを降ろした。
昨年、私がはじめてクスコにきたときに泊まったホテルだ。
私の泊まるオスタルに着いた頃は6時半をまわっていた。
ハビエルやコックたちと握手して別れた。いつか再びクスコに戻ってきたとき、また会うだろう。
